日本鱗翅学会版・日本産蝶類県別レッドデータ・リスト (2002年)
2013年8月 1日公開
『日本産蝶類の衰亡と保護 第5集』編集委員 巣瀬 司・枝 恵太郎(編)
本リストは、やどりが特別号『巣瀬 司・枝 恵太郎編 (2003) 日本産蝶類の衰亡と保護 第5集』に掲載されたものです。本書が完売したことにより、入手することのできなかった会員の方々に本事業の成果を還元するためウェブサイト上で公開することにいたしました。各県のレッドリスト種を素早く検索できるよう会員の方に利用していただけたら幸いです。なお、現状で疑問のある種等がレッドリストに掲載されている県もありますが、次回2006年発刊予定の『日本産蝶類の衰亡と保護 第6集』において改訂する予定です。
1. 県別レッドデータ・リスト編纂にあたって
『日本産蝶類の衰亡と保護 第2集(日本鱗翅学会・(財)日本自然保護協会発行、1993)』において、「日本産蝶類県別レッドデータ・リスト」が作成されて10年が経過した。この間、国内では環境関連の法の整備等が進み、「種の保存法」1994年施行、「生物多様性国家戦略」の閣議決定(1995年)、「環境影響評価法」1999年施行など、従来専門家のみが懸念していた問題が、一般に認知されるようになった。この流れの中、環境庁は1995年から専門家による検討会を設置し1991年に公表したレッドデータブック(以下RDBに略)の改訂作業を進めており、本学会も鱗翅目昆虫に限って1996年12月にRDB見直し案を環境庁へ提出した。また1999年には、環境庁RDB改訂作業への協力として、各地区の鱗翅学会自然保護地区委員へのアンケ-ト調査などをもとに、鱗翅目についてのリスト原案を環境庁へ提出した。その後環境庁は多岐にわたる生物各分類群のレッドリスト(以下RDLに略)を順次公表する中、2000年4月に昆虫類RDLを公表し、蝶類は62種掲載された。各分類群のRDB・RDLが出そろい、国及び地方自治体がこれを利用する中で、環境庁の掲げるRDL種の選定は全国基準として行われたものであることから、都道府県など地域レベルで実情と一致しない種の問題が浮き上がってきた。県などの地方自治体はこれに対応するように.各県版のRDBを作成し始め.現在ではかなりの都道府県で鱗翅目昆虫を含むRDB・RDLが公表されている。今回の「日本産蝶類県別レッドデータ・リスト(2002年)」は、「同(1992年)」の改訂作業という位置づけであり、国や地方自治体が公表しているRDB・RDLとは判定基準がより専門的・科学的になっているという点で大きく異なる。これは国内の多数の蝶類研究者が今まで蓄積してきた記録の積み重ねをバックデータとし、専門家集団としての本学会会員がより科学的なシビアな判定基準に対応したことによるものである。したがって、今回は単なる前回の改訂作業だけでなく、カテゴリ-区分におけるランクの判定基準も地方版RDLより水準の高いものとなり、より実情に一致したカテゴリ-区分となっていると考える。別の視点からみると、蝶類のみの最新の地域のRDLが一覧できることも同好者にとっては便の良いものとなるであろう。
2. 県別レッドデータ・リスト編纂の方法
今回10年ぶりに改訂されるレッドデータ・リスト編纂作業は、次の手順で進められた。2001年3月、自然保護委員会規定会の改正に伴い、各都道府県に各1名の自然保護委員を置くこととした。同時期に設置したレッドデータ・リスト改訂作業編集部から委員長名で各都道府県自然保護委員へ今回の改訂作業を依頼した。具体的な様式については、編集部で作成したレッドデータ・リスト作成要領を各委員へ提示した。中でもカテゴリー区分のためのランクの判定基準は、一字一句を吟味し約3ヶ月かけて特に慎重に作成した。これとともに今回のレッドデータ・リスト作成用に作成要領に沿って記入する調査票を添付し、各委員へあわせて配布した。各県委員から編集部に送られてきた調査票について、編集部で統一的な体裁に修正し、コンピューター入力した。カテゴリー区分などに疑問な点があると編集部で判断した場合には、各リスト作成者と編集部で調整をはかった。前回の編纂方法と異なる点は、編集部と各都道府県リスト作成者47名(うち前回リスト作成経験者16名)とが直接連絡を取り合い、その上大部分の方とは調査票等を電子データで交換することで編集の効率化を図ったことである。これによって、前回リスト化できなかった新潟・石川・福井・山梨県など重要な地域の情報が公開されることなった。また、前回リスト中で北海道は十勝地方・西南部を、島根県は本土と隠岐諸島を県レベルに準ずる地域として扱っていたが、今回は一つの県としてとりまとめた。このほか、諸般の事情により富山県については今回のリストに含めることができなかった。
3. レッドデータ・リスト種選定について
レッドデータ・リストは絶滅のおそれのある種をリストし、ランク判定基準に基づき絶滅の危険度を評価しカテゴリー区分したものとした。レッドデータ・リストに取り上げる種については、カテゴリー別に種名・判定方法・県内の分布状況・衰退の経過・減少要因・保護対策などについて取りまとめた。基本的には前回の改訂作業であり、この10年間で変化した種について追加・削除をおこなった。特に今回の改訂作業で前回リストから削除された種については、可能な限りその理由等のコメントを付記していただいた。 さらに、過去からの生息状況の推移を充分に把握したうえで(可能な限り減少要因を把握した上で)、環境条件の変化によって絶滅の道を歩む可能性が高いと判断されるものをレッドデータ・リスト種として抽出するということを各リスト作成者に重ねてお願いした。
4. カテゴリー区分とランク判定基準
今回は環境省の判定基準に準拠し、レッドデータ・リスト改訂作業編集部が作成した判定基準で、ランク決定をお願いした。カテゴリー区分とランク判定基準は以下の通り。
1. ランク判定のための信頼に足る過去(50年程度前まで)の産地についての資料があるか?
- (1) 資料が十分にある
- ア. 過去に分布していたが既に絶滅し、飼育系統もないと考えられる・・絶滅(EX)
- イ. 過去に分布し野外では既に絶滅したが、飼育系統が存続している・・野生絶滅(EW)
- 現在も分布している ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2.「定量判定」へ
- (2) 資料が十分とはいえない
- ウ. 過去に分布していたが既に絶滅し、飼育系統もないと考えられる・・・絶滅(EX)
- エ. 過去に分布し野外では既に絶滅したが、飼育系統が存続している・・・野生絶滅(EW)
- 現在も分布している ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3.「定性判定」へ
- (3) 分布している(いた)のは確実だが資料はきわめて不十分である・・・4.「生息状況未詳」へ
2. (定量判定)まず、当該種が貴都道府県内に(1)広域分布する(していた)か、(2)狭域分布する(していた)か、を判定し、その後はフローに従ってランクを決める。
- (1) 広域(4市町村以上)に分布する(していた)種
- 産地数(または分布市町村数)が基準年(1950年頃)と比べて・・
- オ. 50%以下に減少 ・・・・・・・・・・絶滅危惧I類(EN)
- カ. 20%以上~50%未満に減少 ・・・・・絶滅危惧II類(VU)
- キ. 10%以上~20%未満に減少 ・・・・・準絶滅危惧(NT)
- 10%未満の減少 ・・・・・・・・・・ランク外
- (2) 分布が孤立し、3市町村以下程度に限定される(されていた)種(生息範囲、または、発生地数で判定)
- 生息範囲の合計が現在・・
- a. 10km2未満で個体数が・・
- ク. 減少傾向にある・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・絶滅危惧I類(EN)
- ケ. 安定しているが、今後10年以内に減少すると推定される・・・・絶滅危惧II類(VU)
- 安定している。今後10年後にも現状と同程度あるいはそれ以上の安定密度で生息していることが確実と推定される種・・・・・ランク外
- b. 10km2以上~500km2未満で個体数が現在・・
- コ.減少傾向にある ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・絶滅危惧II類(VU)
- サ.安定しているが、今後10年以内に減少すると推定される・・・・・準絶滅危惧(NT)
- 安定している。今後10年後にも現状と同程度あるいはそれ以上の安定密度で生息していることが確実と推定される種・・・・・ランク外
- c. 500km2以上である ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ランク外
- 発生地数が基準年(1950年頃)と比べて・・
- シ. 50%以下に減少 ・・・・・・・・・・・絶滅危惧I類(EN)
- ス. 20%以上~50%未満に減少 ・・・・・・絶滅危惧II類(VU)
- セ. 10%以上~20%未満に減少 ・・・・・・準絶滅危惧(NT)
- 10%未満の減少 ・・・・・・・・・・・ランク外
3. (定性判定)次の(1)~(4)の全項目を検討し、総合的な判断のもとにランクを決める。
- (1) 個体数の減少
- ソ. 既知のすべての産地で危機的水準にまで減少 ・・・・・・・絶滅危惧I類(EN)
- タ. 大部分の産地で大幅に減少 ・・・・・・・・・・・・・・・絶滅危惧II類(VU)
- チ. 一部の産地において顕著な減少 ・・・・・・・・・・・・・準絶滅危惧(NT)
- その他 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ランク外
- (2) 生息環境
- ツ. 既知のすべての産地で著しく悪化 ・・・・・・・・・・・・絶滅危惧I類(EN)
- テ. 大部分の産地で明らかに悪化 ・・・・・・・・・・・・・・絶滅危惧II類(VU)
- ト. 一部の産地において顕著な悪化 ・・・・・・・・・・・・・準絶滅危惧(NT)
- その他 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ランク外
- (3) 捕獲・採集
- ナ. 既知のすべての産地で再生産能力を上回る圧力・・・・・・・絶滅危惧I類(EN)
- ニ. 大部分の産地で再生産能力を上回る圧力 ・・・・・・・・・絶滅危惧II類(VU)
- ヌ. 一部の産地において顕著な影響 ・・・・・・・・・・・・・準絶滅危惧(NT)
- その他 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ランク外
4. (生息状況未詳)
- ネ. 十分な生息情報が得られれば絶滅の恐れがあると判定される可能性が大きい種・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・情報不足(DD)
- その他 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ランク外
5. 改訂版作成にあたっての調査票記入について
実際作成するにあたって各県リスト作成者には、以下の項目についての記述内容例を示した。
- 1) 今回のランク
- ランク判定基準における、EX(絶滅)、EW(野生絶滅)、EN(絶滅危惧I類)、VU(絶滅危惧II類)、NT(準絶滅危惧)、DD(情報不足)の略号を記入すること。
- 2) 判定方法
- ランク判定基準における該当項目(ア.~ネ.までの)を記入すること。
- 3) 前回のランク
- 今回選定された種の「日本産蝶類の衰亡と保護 第2集」(1993年)におけるランクをEX(絶滅)、EN(絶滅危惧)、V(危急)、R(希少)の略号で記入すること。
- 4) 種名
- チョウ類レッドデータ・リスト種名を記入すること。選定の単位は「種」を基本とする。
- なお、担当される県内に2亜種含まれる場合のみ「亜種」単位で記述すること(例: 長野県のアサマシジミ、亜種yaginus及び、亜種yarigadakeanus)。
- 5) 産地
- 市町村名を記入あるいは併記すること。例: 能勢町、三草山(能勢町)など。なお、産地を明らかにしない方がよいと判断される種についての記入方法は、執筆者に一任する。
- 6) 衰退の経過
- 何年頃から減少あるいは絶滅したか等を記述すること。(「第2集」における「生息経過」を参考にすること)。
- 7) 減少要因
- これまで衰退してきた原因、および現在残存している個体群にはたらいている要因をあげること。情報不足種については、推定される要因を記入すること。
- 8) 備考
現在実施されている保全対策及び天然記念物指定状況や重要な関係資料・文献等の記載をすること。実施可能な保護対策を可能な限り具体的に記入する。情報不足種については、記入はなしとする。
6. 今回の改訂版と今後の展望
以下に掲げる県別レッドデータ・リストは、それぞれの作成時に抽出されたものであって、調査の進展、情報の蓄積によって今後カテゴリー区分が変更することになると考えられる。環境庁が2000年に公表した全国版のRDLはカテゴリーと種名が全面に出ているのみで、地域レベルでそれぞれの種が現在どのような状況であるか把握できない。また、1991年に刊行された全国版RDBの情報は、10年以上経過した現在となっては地域によって実情とかけ離れている可能性が否めない。今回蝶類に限った県別レッドデータ・リストは、国内における最新の蝶類の絶滅危惧の現状を集約できたものと考える。一方、前回リスト作成時に懸念された、リスト発表に伴う負の効果(国や地方自治体の一方的な採集規制やモニタリング調査の回避)もいまだかわらない可能性はある。最近、蝶の数が減ったという話をよく聞くようになった。前回リスト発表から10年間の蝶類の衰亡のスピードは、フィールドに出ている方には身をもって実感していることと思う。今後のレッドデータ・リスト改訂は10年後の予定であるが、この先早まる可能性は十分にある。日本鱗翅学会会員には各々が関係される県における今回の選定種について深慮していただき、このリスト公表がすべての会員に「プラス効果」となるよう願うものである.
日本鱗翅学会版・日本産蝶類県別レッドデータ・リスト
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